前書きなど
いまはただ、8年と11か月、本当にお疲れ様でした!! と言いたいです。40℃の熱があってもジョークを飛ばして医療スタッフや私を気遣い、過酷な治療に何度も耐え、どんな時もケロッと平気な顔をして、周りからは超人、鉄人と言われ、病院の医療スタッフからも奇跡の人とリスペクトしてもらっていました。
終始一貫してあきらめず、闘い抜いたそんな夫を間近に見て、私自身もあきらめることなく、毎日毎日、病室へ通い詰めてきました。夫の肉体がなくなったいまは、喪失感でいっぱいです。哀しみが深すぎてうまく言葉にできませんが、「魂は不滅」です。
夫と一緒に生きてきた30年間を胸に、これからも、夫とともに……。
最後に、この本をご購読いただいた方、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。ダンスのお友達の方には、在りし日の元気な「踊る奥ちゃん」をいつまでも覚えていてほしいです。そして、いま現在、難しい状態で病気と闘っておられる方に、この本が何らかの「勇気」や「糧」になれば、幸いです。医療従事者の方にも、特にがん治療に携わる方々に読んでいただき、少しでも参考になればと思います。………………………………「追記」より
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すい臓がん闘病記
すい臓がん治療
振り返ってみたら8年経ってた!!
奥田 進(著)
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| B6判 71ページ 並製 |
定価
(本体1,000円+税) |
| ISBN978-4-86249-476-4 |
| 2026年 5月 刊行 |
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目次
まえがき
第一章 2017年~2020年
始まりは2017年2月だった/即日入院、「すい臓がんステージ4A、手術不可能」の宣告/抗がん剤治療のためのCVポート留置手術/初めての抗がん剤治療が始まった/義両親の介護に突然の区役所・地域見守り隊・包括支援センター介入/無理やりの「成年後見人制度」適用/実父の逝去
第二章 2020年~2023年
3年を過ぎ、初めてステントを交換するが1か月で救急搬送/ステント交換に次ぐ交換 そのたびの救急搬送/詰まりにくいが交換困難な金属製ステントへの挑戦/点滴台をひきずって、病棟内でダンス練習?!
早く元気になってパフパフに会いに行く!/長い介護の末、義母他界 コロナ禍の静かな葬儀/コロナ禍の入院生活 ステントinステント措置の限界が近づいた/長いがん闘病の末、夏の明け方、実母も逝った/妻の白内障手術は学会発表例となった/あるはずのステントがなくなっていたが元気?!
つかの間の喜びの後、敗血症で救急搬送/突然の急変で逝った義父 介護生活の完全終了/異変を感じ救急搬送の結果 今度はなんと心筋梗塞だった!
第三章 2023年~2025年
6か月間に8度の入院と14回の内視鏡手術、さらにカテーテル手術を1回/十二指腸が狭くなって ステントがもう入れられない?/胃と小腸を結ぶ外科手術をするも胆管ステント交換は微妙になってきた/1か月経っても腹水が止まらない! 抗がん剤切れで、毛が生えてきた/今まででいちばん距離が長い内視鏡手術 ステント留置に無事成功!/ステントが機能し、肝機能が回復!
実に12週間ぶりの抗がん剤治療から退院へ/中1日置いての再入院 ステント交換に次ぐ交換も効かず敗血症に/腸管が破れるかもしれない! リスクの高いENBD施術を/金属ステント留置手術、成功! 退院に向け、体力回復に努める/退院後5か月、胸水が増えて再入院 効果ある抗生剤を探しに探して投与/すい臓がん治療が8年を超えた!
100人以上からの励ましの声に感激
あとがき
追記―すぅ、長い間お疲れ様。感謝と敬意をこめて、心よりありがとう。(妻)
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奥田 進 (オクダ ススム) (著)
1961(昭和36)年1 月28日生まれ。大阪府立布施工業高等学校を首席で卒業。'79年4 月サンスター化学株式会社入社。
その業績を買われ、2000年4 月ビッグテクノス株式会社に転職。以後、奈良本社工場で課長、部長、工場長と役職を重ね、大阪支社に転勤。資材部部長となって活躍するも、2017年2
月、すい臓がんを発症。「ステージ4A、手術不可能」を宣告される。しかしあきらめず、以後治療に治療を重ね、ステージ4 のすい臓がん患者としては異例の生存率となったが、2026年1
月25日、妻に見守られつつ永眠。享年64歳。
趣味は若い頃からのディスコダンス。25年夏まで現役で踊り続け、ダンス界では知る人ぞ知るレジェンドダンサーだった。 |
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